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2009年03月 アーカイブ

2009年03月08日

フォアグラ(仏:Foie gras)

フォアグラ(仏:Foie gras)は、必要以上にエサをたくさん与える(強制給餌/ガヴァージュ 仏:gavage/英:en:Force-feeding)ことにより、肝臓を形成する肝細胞に使われない脂肪が蓄積する過程で、どんどん肝臓の一部が脂肪に置き換えられていく状態「脂肪肝」を人工的に作り出したものである。通常ガチョウまたは鴨が使用され、世界三大珍味の1つに数えられる食品である。

フランス語で「フォア(foie)」は「肝臓」を、「グラ(gras)」は「脂の多い、肥大した、太った」を意味する。即ち、「フォア・グラ」は「脂肪肝」のことである(ただし、疾患としての「脂肪肝」を意味するフランス語は「stéatohépatite」である)。

フォアグラの生産はガチョウの強制給餌を伴うため、動物虐待に当たるとして生産や販売を禁止する動きが広がっている。

古代ローマ人が、干し無花果をガチョウに与えて飼育し、その肝臓を食べたのが始まりと言われる。大プリニウスの『博物誌』によると、古代ローマでは、ガリアからもたらされたガチョウに強制肥育を施して、食材としていたことが記録されている。これにある美食家がさらに工夫を加えて、無花果で肥育させた上に、肥大した肝臓を蜂蜜入りの牛乳に浸して調理する技法を発案したと伝えられている。

ローマ帝国崩壊後にこれらの技法はいったん衰退したが、徐々に復活し、ルネサンス期にはフォアグラ生産業が定着して、食材として認知されるようになった。フランス革命前までは、フォアグラの製造にはガチョウだけではなくニワトリなども用いられたが、19世紀になると、ガチョウがフォアグラの素材の定番として定着した。ガチョウは牧草などの粗食で大きく育つため、あまり地味の豊かでない土地で多く飼育され、またそうした地方には17世紀に新大陸からトウモロコシが導入されて、農業生産がようやく向上した。後述のような今日のフランスの主要フォアグラ産地は、このような地理的、歴史的条件を背景とし、ガチョウ飼育農業とトウモロコシの出会いの上に成立したのである。今日ではガチョウ以外に鴨のフォアグラも作られており、野生的な味がガチョウのものと異なるものとして評価されているが、火を通したときに溶けやすいこともあって、料理法の許容範囲はガチョウのものほど広くはない。なお、ここでいう「鴨」とは野生のマガモを家禽化したアヒルのことであるが、フランス料理用語としては野生のカモと家禽のアヒルを訳し分けない慣行であるため、以後も「鴨」の表記を用いる。

製法
今日フランスでフォアグラ用に供されるガチョウは「Oie de Toulouse(オワ・ド・トゥールーズ、トゥールーズのガチョウの意)」などの大型品種で、初夏に生まれた雛を野外の囲い地で牧草を餌に十分運動させて育て、基礎体力を付けさせる。夏を越して秋になると狭い場所に閉じ込めて運動できないようにし、消化がよいように柔らかくなるまで蒸したトウモロコシを、漏斗(ガヴール)で強制的に胃に詰め込む強制給餌(ガヴァージュ)を1日に3回繰り返す。これを1ヶ月続けると、脂肪肝になった肝臓は2kgに達するほどに肥大し、頭部と胴体を水平にする姿勢しかとれなくなるに至る。フォアグラはこの段階のガチョウをしめて取り出し、余分な脂肪、血管、神経などを丁寧に除いてから、冷水に浸して身を締める。
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鴨の場合、ガチョウにはない素嚢(そのう)と呼ばれる食道にある袋のような器官に餌が多量に入っていると、消化の速度が上がるという特性を持っている。そのため、人の手によるガヴァージュを行う前に10日間ほど好きなだけ餌を食べさせるプレガヴァージュを行い、効率よくガヴァージュを進める。給餌は一日2回で、期間は3週間である。また、近年では機械化された飼育場ですりつぶしたトウモロコシを自動的に与え、2週間ほどでガヴァージュを終わらせる速成法もあるが、素嚢でトウモロコシが発酵してしまうため、フォアグラの質は劣る。

フォアグラを取り出した残りの部分は、肥育によって多量の脂肪が蓄積されている。産地ではこのことを利用して、ガチョウ自身の脂肪で残った肉を油煮にして保存食料のコンフィを作る。フランスの地方料理は多用する油脂の種類で特徴付けられ、例えばノルマンディー地方はバター文化圏、イル・ド・フランス地方はラード文化圏であるが、フォアグラの主要な産地のひとつであるラングドック地方はガチョウ脂肪文化圏に属している。

2009年03月24日

名鉄モ1形電車

名鉄モ1形電車(めいてつも1がたでんしゃ)とは、かつて名古屋鉄道の岐阜市内線・美濃町線など、岐阜地区の600V線区で運用された路面電車車両の一形式である。

モ5形、モ10形(2代目)はモ1形とほぼ同じ車両である。美濃電気軌道のD1形が前身であるが、笠松線(現名古屋本線の一部)などの郡部線用に増備された車両である。ここでは、モ1形、モ5形、モ10形(2代目)の両方とも記述する。

モ10形(初代)は、旧瀬戸電気鉄道(現名鉄瀬戸線)の車両であり、1939年(昭和14年)から1949年(昭和24年)の間、モ10形を名乗っている
モ1形 [編集]
美濃電気軌道が1911年(明治44年)に岐阜停車場前?今小町、神田町?上有知の開業とともに運用開始された、D1形が前身である。オープンデッキの木造二軸単車であった。

開業当初に配備されたのは、1?8、10?12、34の、合計12両存在した(9は当初から欠番)。後に名古屋鉄道モ1形に改称されている。台車はブリル21-E、車体は天野工場の製造である。集電装置はポール、ブレーキはハンドブレーキと、非常用の電気ブレーキを装備していた。

1939年に2?4、10、12、34が廃車され、太平洋戦争により一部の車両被災により焼失。被害の少なかった1両(3)は焼失した車体を新造して復旧しているが、車体新造車はモ50形に改称されている。戦後に生き残ったモ1形は、1・5・7・8の4両であり、1949年に改めて改番され、モ1形(1?4)となっている。

戦後、外扉の取り付け、集電装置はビューゲルに変更、車体の外側には鋼板を貼り付けられ、簡易鋼体化車(ニセスチール車)に改造されるが、ブレーキはハンドブレーキのままであった。

1965年より廃車されたが、1両(モ1形3)は1967年7月25日、モ550形IIの登場まで運用された。

モ5形 [編集]
1912年(明治45年)に増備された車輌である。20?26、28、30の合計9両が存在した(29は欠番)。

オープンデッキの木造二軸単車で、台車はブリル21-Eで、車体の外観など基本的にはモ1形と同じであるが、京都の丹羽電車製作所の製造であることが異なる。

1944年に2両が仙台市電へ譲渡され、太平洋戦争により一部の車両被災により焼失。焼失した車輌のうち2両は車体を新造し、モ50形に改称されている。5両が生き残り、1949年にモ5形(5?9)に改称されている。モ1形と同じように改造されて運用され、1966年(昭和41年)の2両(6、9)が廃車されて形式消滅した。

モ10形(2代目) [編集]
1914年(大正3年)に増備された車両である。27、31?33、35?38、40、41、43、44の12両が存在した(39、42は欠番)。

名古屋電車製作所の製造で、当初から外扉が設置されており、屋根には通風器が設置されていた。集電装置はポール、ブレーキはハンドブレーキと、非常用の電気ブレーキを装備していた。

太平洋戦争により一部の車両被災により焼失。焼失した車体を新造して復旧しているが、車体新造車はモ50形に改称されている。戦後に生き残ったのは、27・31?33・36?38・40・41・43の10両であり、1949年(昭和24年)に改めて改番され、モ10形(10?19)となっている。尚、改番は、旧33→10、旧36→11、旧37→12、旧38→13、旧40→14、旧41→15、旧43→16、旧27→17、旧31→18、旧32→19である。

戦後、集電装置はビューゲルに変更、車体の外側には鋼板を貼り付けられ、簡易鋼体化車(ニセスチール車)となるが、ブレーキはハンドブレーキのままであった。

10両中7両(10・11・12・14・16・17・19)が1967年7月25日まで運用された。

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